映画「永遠のマリア・カラス」2009/02/12 01:26:28

音楽に関する映画(ないしは「映画の中の音楽」)について、見た後に感想を書くことにする。

音盤レビューほど力入れるつもりはないので、ホントメモ書き程度。
該当の映画を見ていない人にとっては??かもしれないけれど、まあ自分の覚え書き程度という認識なので、ご容赦を。

正月に見た「戦場のピアニスト」についてはタイミング逃したので今は書かないけど、きっとまた見るだろうからその時に改めて。

記念すべき(?)第一弾は先日深夜放送していた「永遠のマリア・カラス」。

*「永遠のマリア・カラス」 ( Callas Forever)
フランコ・ゼフィレッリ監督
2002年、イタリア=フランス=イギリス=ルーマニア=スペイン
ファニー・アルダン (Mairia Callas)/ジェレミー・アイアンズ (Larry Kelly)/ジョーン・プローライト (Sarah Keller)/ジェイ・ローダン (Michael)/ガブリエル・ガルコ (Marco)

・冒頭からオペラ鳴りまくりかと思いきや、ロックがガンガン鳴り響く「外し」。主人公であるプロモーター・ラリーの「物足りなさ」を象徴。
・劇中のカラスに日本公演を「ボロボロだった」と言われるのは辛いな。それってゼフィレッリ自身の見解とイコールってことでしょ?(苦笑
・ラリーがゲイである意味。ゼフィレッリの投影であることは当然だとしても、やはりカラスとの間に流れるのが「男女愛=恋情」でなく「友情(=戦友?的な)」なんだと受け手に強く意識づけるためだろうね。
・そう思って見るとピクニックのシーンが妙に切ない。
・その逆に、「カルメン」収録中に罵り合う2人はたまらなく幸せそうに見える。(笑
・個人的には音楽ライター・サラの存在がこの映画で光ってる。「私がマリア・カラスになれるなら、何度でも地獄に堕ちるわ」。普通であることの、この上もない難しさ。
・大きなフィクションの中に、小さな真実を混ぜることでそのフィクションが説得力を持つ。
・カラスがカルメンを、レコーディングしたけど舞台で演じたことはない、とか。
・実はホントにこの映画のように、「トスカ」で演技をするカラスに絶頂期の声を被せる企画があったとか。
・その「トスカ」を史実(?)とは逆にカラスが最後に提案するくせ玉。夢枕に立つ絶頂期の自分自身の“歌に生き、恋に生き”。これほど残酷なことがあるだろうか?
・1977年という時代。テクノロジーと商業主義が並列して加速していく。
・現代の目線から見たら、これって昨今当たり前のように行われている「編集ライヴ」とも通じる問題があるんじゃないか?
・新しい技術がくれた美しい幻。それに染まるべきか否か??

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