通勤ミュージック~0903112009/03/11 03:30:24

*グレツキ:交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」(ジンマン/ロンドン・シンフォニエッタ、アップショウ(S))

この曲(しかもこの音盤)、ちょうど学生時代に爆発的ヒットになった記憶がある。
ただ、当時は(今も?苦笑)そういった物に刃向かう天の邪鬼な立ち位置こそ良しと思っていた節があって、気付くとここまで聴かずにきた。

……てわけでマイ初演。(苦笑

イギリス(だったっけ?)のラジオで流れたことでヒットの兆しとなった2楽章は、確かにメロディーも素直で、一番心に入って来やすいけれど、個人的にはむしろ両端楽章に惹かれた。

長大な1楽章。
1本の低弦が、気付けばいつ果てるともしれないカノンになり、それが少しずつ音のひだとなって、気付けばその中に巻き込まれていく。
しかしそれもまた、今度は逆にカノンが減っていき、1本の低弦が消えていく。
単純な構成だからこそ、惻々と伝わってくる空気。

一聴すると、まるで詩の美しい朗唱のような終楽章。
しかしその背後に流れる、余りに重く苦しい現実。
「わたしの愛しい息子はどこへ行ってしまったの?」
きしむ和音や、凄絶な音響で現すのではなく、ただ深々と歌い語る。

ただひたすらに音の綾を紡いでいく、それゆえの力。
時に、大声で主張するより、静かに呟く方が説得力を増すことがあるのと同じ。

流行った当時は確か「癒し系」の流行や文脈の中で語られていた記憶があるけれど、それってとんでも無く筋違いではないか?

どれほど願っても、嘆いても。
現実に今なお、終わらぬ不幸の連鎖。
……何だかそんなことも考えた。

うーん、珍しく(?)ウェットだなぁ。
それだけ、この曲に「考えさせる」力があるということか。