悲しんでいる人々は幸いである。2010/05/26 02:32:18

*ブラームス:ドイツ・レクイエム(ケーゲル/ライプチヒ放送交響楽団、ハーゲンダー、ローレンツ、ライプツィヒ放送合唱団)

恥ずかしながらこの曲唯一の所有音盤。
楽曲自体はFMやテレビで何度か耳にしているのだけど。
だから、あまり多くを語れるほどの知識も経験もない。

その上での印象。
「謹厳実直」なブラームスとは違う、儚く繊細なブラームス。
聖書の「 悲しんでいる人たちは幸いである。彼らは慰められるからである」という言葉が深々と心に響く。
先の管弦楽曲集でも感じたけど、ケーゲルの良さって、弱音の美しさにあるのでは?
この曲でも顕著。

やっぱり、他の音盤も聴いてみないとな。
そうするとまた違ったものが見えて来るだろうから。

レニー/NYPのブラームス。2010/04/20 01:33:20

*ブラームス:交響曲第1~4番、大学祝典序曲、悲劇的序曲(バーンスタイン/NYP)

Bernstein Centuryで揃えなおしたのを、久しぶりに何日かかけて聴いた。
やっぱり1番終楽章のハイテンションな追い込みは最高!
大学祝典も、そんな感じで行けばもっと面白いのになぁ。
最後の見栄きりはユニークなのにもったいない。

VPOとの演奏にも、外へ放出される「レニーらしさ」はあるのだけど、やはりそこはVPOで晩年。
もっと濃厚で重厚なものがある。
ひるがえってNYPとの演奏は、ある意味「聴き疲れ」するくらい威勢の良いエネルギーの放出が特徴的。

こぢんまりとまとめる演奏もしばしばある3番。
レニーはいつもエネルギッシュ。
後年のBRSO(名演!!)やVPOとの音盤に、「楽曲として」軍配を上げるのは仕方ないけれど、どっこい、NYP盤も捨てがたい。
「この曲は地味やない。パワフルなんやー!」と声高に主張しているような演奏。
……なぜ大阪弁なの、てのはつっこまないで。(笑

「悲劇的」や4番もそう。
グッと涙をこらえるのではなく、とにかく大泣き(これは後年もそうだけど)。
ブラームスが言った「白いハンカチを用意して聴いて欲しい」の言葉が吹っ飛ぶ。
てか、これじゃハンカチびしょびしょですわ。(笑

後年につながるなぁ、と改めて再発見したのは2番。
レニーはこの曲を、意外なほどにいつも「カチッと穏やかに」まとめる。
それこそイケイケドンドンなのか、と予想される終楽章は、決して煽らない。
たぶん、そういう曲として捉えていなかったんだろう。
とは言え、後のVPOのまろやかなコクとは違う硬質なNYPの金管が、この曲ではある種の力感を生んでいるのも事実。
テンポではなく「音」で盛り上げの勝負するというのを、見せつけられた感じ。
以前聴いたときより、好きになった。

こういう事があるから、時間をおいて再聴する楽しみがある。
盤キチのサガですな。(苦笑

通勤ミュージック~0911042009/11/04 18:36:12

*ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」序曲、バーンスタイン:「キャンディード」序曲、ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、ブラームス:大学祝典序曲(以上バーンスタイン/ボストン・ポップス)、マーラー:交響曲第10番1楽章(バーンスタイン/VPO)

CD-Rの青盤。
最後の1曲以外は、本来ボストン・ポップスの自主製作盤で出ているもの。
現物が欲しいのだけど、たまーにヤフオクなんかで出てくると、ビックリするような値段になっており、いつも断念。

その意味でこの音盤は、途中のスピーチなんかはカットされているけど、曲が聴けるだけでもありがたい。
もちろん海賊盤の是非、という意見はあるのだけど、それはこの際置いておいて。

どの曲も、会場に満ちた「くだけた空気」そのものが伝わってくるかのような演奏。
かといってもちろん手抜きなのではなく、むしろ「そういう空気感」だからこそ、レニーの溌剌さが直接響いてくる、といった方が適切。

例えばロッシーニ、最後の加速とラストに被さる拍手。
普通なら「フライング拍手!」なんて悪し様に言われるだろうけど、「逆にそれがいいやん」て感じ。
キャンディード、どちらかと言えば、軽く流しているのだけれど、居並ぶベタな名曲たちに比してまったく負けないその存在感に感動する。(身びいき??

マイスタージンガーは、あっけらかんとした開けっぴろげな歌わせ方。
質実な感じではなく、滔々とした広い流れというよりサクサクした歩みが印象的。
大学祝典序曲では、NYP盤のような最後の“ど”タメ(笑)はなし。
またまた終結前から拍手しちゃうお客にこちらももう笑うしかない。

唯一残念なのは、途中のスピーチが半分も理解できないこと。
お客もめっちゃ笑ってるのに。
ああ、もっと英語が分かればなぁ。(苦笑

フィルアップのマーラー。
DG盤やSONY盤よりもちょっぴり後年の録音。
この曲聴くのもずいぶん久しぶり。
ていうか、レニー盤しか持っていないのだが。(汗
身をよじるほどに美しく、それでいて痛切な叫びに満ちている。
発狂寸前のところで踏みとどまる、その残酷なまでの美しさ。

やっぱ全曲盤も後学のために聴かねばダメかな。

レニー&1周年。2009/10/16 00:56:41

さすがに今日はメンデルスゾーン全集をお休み。
昨日はレニーのメモリアル・デイでしたから。

*ブラームス:交響曲第4番(バーンスタイン/VPO)

久々に聴く88年のライヴ。
DG盤よりさらに濃厚で、慟哭と枯淡の振り幅がすさまじく大きい。
Timp.の乾坤一擲、ビリビリ来る弦のピチカート。Hr.の叫び。
その果てに来る終楽章冒頭のため息。

聴くと著しくこちらの体力も消耗する。
それだけ真剣勝負なのだ、と改めてレニーの大きさを感じる。

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さて。
気づくと当ブログも開設1年が経ちました。

仕事や私事が忙しくなると更新が滞るのも良くないとは承知していますが、むしろ最近自分の中で気になっているのは、かつての2サイトではないけれど「キレイに」「キチンと」「正しく」書こうとすることに意識が行き過ぎているな、という事。

発足当初はそれこそかつてのサイトとは違う、“殴り書き”的な、ある意味それこそ垂れ流しのアウトプットとすることから見えてくる何かをつかめれば、と思っていたのですが、事態はかつてと同じループになってしまっている気が若干します。

ここは心機一転、もっと肩の力を抜いて、それこそ流行のツィッターではないけれど「つぶやき」に近くても良いから、ガンガンと書くことに重点を置くべきではないかなぁ、と思っています。

通勤ミュージック~0906202009/06/24 01:29:52

*ブラームス&シベリウス:ヴァイオリン協奏曲(ヌヴー、ドヴロウェン&ジュスキント/PO)、ラヴェル: ハバネラ形式の小品、スカラテスク:バガテル(ヌヴー、ジャン・ヌヴー)

言わずと知れた名盤……だけど初聴。
と言うか、ヌヴー自体が初聴。(汗
聴いたのはオーパス蔵。

個人的に、ヴァイオリニストは女性に好きな人が多い。
ムターしかり、キョンファしかり。
……ずいぶん対照的なタイプだけど。(苦笑

ヌヴーの演奏は、情熱への耽溺と旋律への清冽さが、矛盾せずに共存している。
両曲とも、カデンツァやアインガング(指ならし)ではむせ返るような熱気をそのままぶつけてくる。
でも、オケと合わすところでは決して放埓にならない。
ある種の「枠」の中で、きちっと引き締まった「うた」が奏でられる。

ブラームスの2楽章がまさにその典型。
ぴんと背筋の張った歌い方で、すごく心がこもっている。
ただ、3楽章はもう少し熱気のほうが前面に出ても……という感じがした。
イッセルシュテットとのライヴ盤(これまた有名)は、もっと「熱い」と言う人が多いので、いずれそちらも聴かなきゃ。

この音盤単体で言えば、シベリウスの方が名演かも。
何と言っても、先述した「熱気と知性の共存」がより高度に結晶化している。
この曲は、ボク的には「マイ初演」であるキョンファの録音を超えるものはいまだないのだけれど、それとは違う方向性、ということで評価大。

それこそキョンファだとほとんどケンカ腰というか、啖呵切るようにスリリングな3楽章も、腰を据えてじっくりと盛り上げていく。
一聴した時こそ、テンポ運びも含めて「大人しいかなぁ」なんて感じたのだけど、繰り返し聴くたびに、じわじわと熱を帯びながら終結へ向かう音楽作りの説得力にやられた。

フィルアップの2曲はコンチェルトとは違うヌヴーの一面が垣間見える感じ。
艶っぽいというか、色っぽいと言うか。
曲想に合わせてのことだとは思うけど、その違いもまた興味深い。

もう少し長生きしてくれたら、ステレオで名盤を残してくれたんだろうな……。
チャイコンとか聴いてみたかったなー。