これぞ爛熟。2010/03/16 15:18:09

*モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」、マーラー:交響曲第4番(ワルター/VPO、ギューデン)

1955年11月6日、ウィーン・ムジークフェラインザールでのライヴ録音。
DGから出てた、VPO設立150周年記念のうちの1枚。

ワルターのモーツァルトは、晩年のものより壮年期のNYPとのものがスキ。
「寄らば切るぞ」的なシャープさというか雄々しさというか。
特に「ハフナー」や「ジュピター」なんかにそれが顕著。

さて当盤。
スタイルとしては上記同様にクッキリ爽快な「プラハ」なのだけど、さすがにオケがVPO。
ワルターの覇気を艶めく音色でコーティング。
1楽章のコーダや終楽章の快速も、尖った感じは皆無。
煌めく踊りのように、香気をふりまいて走る。

マーラーも同様。
もともと「小型」の4番だけど、例えばその「小ささ」をそのまま素直に(=ある意味“古典的”に)表出するのと、例えば2楽章に見られるようなグロテスクさをチラ見させる解釈とでは、当然方向性が異なってくる。

ワルターは基本的に前者だと思うけど(1番なんかでもそうだし)、この曲でもまたVPOの“色”がその大きな助けとなっている。

1楽章で見せる自在なテンポ感。
全く無理のない、その自然さ。
2楽章の死神のヴァイオリンも、何とも蠱惑的。
そうなると、何より白眉は3楽章。
つまらない演奏だと退屈(or冗長)になるこの楽章が、ほとんど陶酔的なまでに夢幻の時間となる。
終楽章のソプラノはすっきりと見通しよく爽やか。

モノラルなので決してよい録音ではないが、貧弱さはなく、十分当時のVPOの爛熟した音世界を堪能できる。

通勤ミュージック~0911042009/11/04 18:36:12

*ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」序曲、バーンスタイン:「キャンディード」序曲、ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、ブラームス:大学祝典序曲(以上バーンスタイン/ボストン・ポップス)、マーラー:交響曲第10番1楽章(バーンスタイン/VPO)

CD-Rの青盤。
最後の1曲以外は、本来ボストン・ポップスの自主製作盤で出ているもの。
現物が欲しいのだけど、たまーにヤフオクなんかで出てくると、ビックリするような値段になっており、いつも断念。

その意味でこの音盤は、途中のスピーチなんかはカットされているけど、曲が聴けるだけでもありがたい。
もちろん海賊盤の是非、という意見はあるのだけど、それはこの際置いておいて。

どの曲も、会場に満ちた「くだけた空気」そのものが伝わってくるかのような演奏。
かといってもちろん手抜きなのではなく、むしろ「そういう空気感」だからこそ、レニーの溌剌さが直接響いてくる、といった方が適切。

例えばロッシーニ、最後の加速とラストに被さる拍手。
普通なら「フライング拍手!」なんて悪し様に言われるだろうけど、「逆にそれがいいやん」て感じ。
キャンディード、どちらかと言えば、軽く流しているのだけれど、居並ぶベタな名曲たちに比してまったく負けないその存在感に感動する。(身びいき??

マイスタージンガーは、あっけらかんとした開けっぴろげな歌わせ方。
質実な感じではなく、滔々とした広い流れというよりサクサクした歩みが印象的。
大学祝典序曲では、NYP盤のような最後の“ど”タメ(笑)はなし。
またまた終結前から拍手しちゃうお客にこちらももう笑うしかない。

唯一残念なのは、途中のスピーチが半分も理解できないこと。
お客もめっちゃ笑ってるのに。
ああ、もっと英語が分かればなぁ。(苦笑

フィルアップのマーラー。
DG盤やSONY盤よりもちょっぴり後年の録音。
この曲聴くのもずいぶん久しぶり。
ていうか、レニー盤しか持っていないのだが。(汗
身をよじるほどに美しく、それでいて痛切な叫びに満ちている。
発狂寸前のところで踏みとどまる、その残酷なまでの美しさ。

やっぱ全曲盤も後学のために聴かねばダメかな。