通勤ミュージック~0910092009/10/09 19:50:38

第2弾は一挙に2枚。
てか、2番について余り書けないからなんだけど。(苦笑

*交響曲第2番「賛歌」
コネル、マッティラ(ともにS)、ブロホヴィッツ(T)、LSO合唱団

うーん。
1番と違って、少し歯ごたえのある曲だなぁ、というのが偽らざる感想。
決して難解とは思わないけど、やっぱり「言葉の壁」は大きなネックかな。

シンプルな力感に満ちた冒頭のコラール主題が、全曲を通じて再現されるところなんかは、個人的には好みなんだけど、いかんせん曲をつかみ切れていないから、とにかく長く感じる……。
それこそシューベルトの「グレイト」ではないけれど、ある意味天国的?な長さ。(苦笑
もっともっと聴きこまないと、魅力が自分に入ってこないんだろうな。
要勉強!

*交響曲第3番「スコットランド」、序曲「美しきメルジーネ」、トランペット序曲、序曲「ルイ・ブラス」

スコットランドは以前から所有していたので、序曲のみ初聴き。
久しぶりにアバドのスコッチ聴いたけど、いやあやっぱ良いわ。

1楽章第2主題の上品な泣き。
他の曲でもそうなのだけど、慎ましやかでメロウな表情がメンデルスゾーンにぴったり。

薄味ゆえに、耳と心に染み渡っていく。
それこそ関西風の味付けのよう。
クレンペラーのような枯淡の境地ではなく、もっと濡れている。
そして最後の追い込みの木管の響き!人間の声のように鳴りきっている。
その後の後ろ髪引かれる名残惜しさ。

2楽章の「普通の」愉しさの意義。
これまたクレンペラーの遅い遅いテンポによる夢幻は求めるべくもないけれど、それとはハナから方向性が違うから、比べても無意味。
木管の愉悦、弦の旋回する響きに身を任せる愉快さ。

ただ、3楽章はその薄味が若干物足りなさにつながっているかな?とも感じられる。
ここはもう少し濃い味付けを望みたいところ。

……と書いてみたが、4楽章冒頭の勢い込んだフレーズとテンポに瞠目。
もしや、これを引き出すために敢えて3楽章を抑えていた??
だとすれば、アバドも結構業師だね。(苦笑

3つの序曲もまさに“過不足ない”ことが一番の美徳。
特にルイ・ブラスの品のある劇性には感心させられる。

狩猟日記~0910152009/10/15 20:51:34

・ブラームス:交響曲全集(ベーム/VPO)
・モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 チャイコフスキー:交響曲第5番(エッティンガー/東京フィル)
・シューマン(マーラー編):交響曲全集(シャイー/ゲヴァントハウスo.)
・ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章ほか(ポリーニ)
・チャイコフスキー:後期交響曲集(チェクナヴォリアン/LSO、LPO)
・レナード・バーンスタイン~リフレクション(DVD)

ブラームスとシューマンの交響曲全集は、手軽さからつい買ってしまう。
ベーム盤は4番のみ持っていたのだが、このBOXのおかげでめでたく中古行き。
1番はBPO盤の方を高く評価する人が多いみたいだけど。

シューマンのマーラー版はチェッカート盤のほうがもっと「やり切ってる」との評判なのでそれもいずれは欲しいところ。

久しぶりにチャイ5、しかも2種。
以前のように新譜でも青盤でも目に付けば何でも……といった風潮は少し失せた。
もちろん“完全制覇”を目指すことには変わらないけど、なんかがっつくよりまったりかな、という風に気持ちは傾いている。
現に未聴盤の大半がチャイ5という現実もあるんだし。(苦笑

ポリーニの言わずと知れた名盤。
ペトルーシュカは聴いた事があったんだけど、やはりこのアルバムの形で欲しかったので。

レニーのDVDは妙に安かったので、珍しく新譜で購入。
ボーナストラックがミヨーってのが手持ちと被るのだが。

レニー&1周年。2009/10/16 00:56:41

さすがに今日はメンデルスゾーン全集をお休み。
昨日はレニーのメモリアル・デイでしたから。

*ブラームス:交響曲第4番(バーンスタイン/VPO)

久々に聴く88年のライヴ。
DG盤よりさらに濃厚で、慟哭と枯淡の振り幅がすさまじく大きい。
Timp.の乾坤一擲、ビリビリ来る弦のピチカート。Hr.の叫び。
その果てに来る終楽章冒頭のため息。

聴くと著しくこちらの体力も消耗する。
それだけ真剣勝負なのだ、と改めてレニーの大きさを感じる。

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さて。
気づくと当ブログも開設1年が経ちました。

仕事や私事が忙しくなると更新が滞るのも良くないとは承知していますが、むしろ最近自分の中で気になっているのは、かつての2サイトではないけれど「キレイに」「キチンと」「正しく」書こうとすることに意識が行き過ぎているな、という事。

発足当初はそれこそかつてのサイトとは違う、“殴り書き”的な、ある意味それこそ垂れ流しのアウトプットとすることから見えてくる何かをつかめれば、と思っていたのですが、事態はかつてと同じループになってしまっている気が若干します。

ここは心機一転、もっと肩の力を抜いて、それこそ流行のツィッターではないけれど「つぶやき」に近くても良いから、ガンガンと書くことに重点を置くべきではないかなぁ、と思っています。

通勤ミュージック~0910182009/10/18 16:20:16

アバド/LSOのメンデルスゾーン全集も、いよいよ最終回。

*交響曲第4番「イタリア」、交響曲第5番「宗教改革」、吹奏楽のための序曲

ますは「イタリア」。
何度も聴いてきた音盤だけど、改めてその艶やかさに感心。

1楽章は、はちきれる解放感(=開放感)より、むしろ幸せをしみじみと噛みしめるような歌わせ方が味わい深い。
そしてその幸せ感は、むしろ音量を落としたとき際だつ。
この曲だけじゃなく、微音への心配りはアバドの最大の美点と言ってもいいかも。

繰り返される3度音型「A-Cis-A」の呼び交わしの上品さ。
提示部のリピートが冗長に感じない。
もっと味わいたくさせる薄味の魔力! 関西の料理と一緒や!(笑

展開部の短調で見せる翳りのグラデーション。
更にそこに交わされる「3度」の重なり。
それがあるからこそ、再現部へと向かう膨らみがぐっと豊かになる。
その再現部は提示部とは違う“顔を上げた”喜び。
でも決して羽目を外さない。

3楽章のトリオでのスピード感。
絹のようなメヌエットのしなやかさとの対比。

4楽章の疾走感。それまでが上品だっただけに際立つ。
しかし決して崩れない。弦の高低での応答のクリアさ。
たぶんもっと煽ることも出来るのだろうけど、敢えて余力を残して終わる、その潔さ。
トスカニーニ盤のような息詰まるほど輝かしい太陽の光に満ちた土地とは違う、どこまでも朗らかで美しいイタリアがそこにある。

「宗教改革」って、やはり多くの人にとっては3・4番に比べると一等地味なのかしら?
個人的にはその両者より好きなんだけどなぁ。
その良さを教えてくれたのは誰を隠そうレニーなんですが。(隠してない。笑

直裁なトスカニーニももちろん良いし、強烈なドライヴでグイグイ引きずり回すマゼールの若き日の音盤がこれまた痛快。

顧みてアバド。
期待通り、ドレスデン・アーメンのまっすぐな美しさ。
北ドイツ的「峻厳さ」というよりも、とにかくもう純粋な清らかさ。
ゆえに1楽章は全体に抑えた解釈で、終結なんかもう少し劇性があっても……と思うけど、それはお門違いか。

2楽章もいたずらに浮かれたりしない。愉しさを静かに噛みしめるような。
3楽章の内省感が強いのは当然で、間奏曲的な扱いにはまったくなっていない。

それだけに4楽章の入りの自然さが素晴らしい。
あざとさやこれ見よがしな感の全くない、こちらも思わず口ずさんでしまうコラールの調べ。
ジワジワと宗教心が胸に広がっていくように、駆け上っていくコラールのテーマ。
押しつけがましさではなく、まさに「帰依」という言葉がぴったり来るような宗教的な感動。

フィルアップの「吹奏楽のための序曲」は初聴き。
ゆっくりとした序奏に続く軽快な主部。
クルクルと駆け回る子鹿のようにとにかく快活・明瞭な響き。

一聴すると「軽い」曲に聞こえるけど、自分がブラスっ子だからよく分かる。
これはとんでもなく難しい曲だ!!
テクニックの難度以上に、ごまかしが利かない「怖さ」がある。
単純明快であることは、夾雑物の入る余地を一切与えない。
1ミリでも汚いモノが入れば、その汚れが全体を浸食してしまう……。
そんな感じだと言えば伝わるだろうか。

通勤ミュージック~0910242009/10/24 18:10:04

*フランク:交響曲、ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、フランク:プシュケとエロス、ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」 (メンゲルベルク/ACO)

オーパス蔵盤。
ローマの謝肉祭は別音盤で持っていた気がする。(たぶん。苦笑

ワタクシのベスト交響曲の一角を担うフランク。
それって何度か書いてますよね? 書いてなかった??

まさにメンゲルベルク節。
この曲をドイツ的な構造美、あるいは止揚する音楽として捉える解釈ではもちろんなく、ひたすらウネウネと曲が息づき、生まれて成長していくのを、間近で息を殺して見詰めているかのよう。

アゴーギクはもうどこでもかしこでも全開。
むしろしていないところを探す方が難しいくらい。(大げさ??

1楽章は、もうこちらが「ここでガクッと落としてくれる(or巻いていく)んだろうな」という期待通り、否期待以上に乾坤一擲のルバートをぶちかます。
しかしそれが(時にメンゲルベルクに見られる)古さを感じることは一切なく、どこまでも滑らかに曲を紡いでいく。

そして2楽章のイングリッシュホルンのソロにおけるテンポダウン。
息絶え絶えの人がさらに重い荷を背負わされるような、涙も出ないような悲しみ。
そしてその後の弦の刻みの身の変わりの早さ!!
管の完熟したサウンドは弦の乾いた響きと好一対。

そして1楽章とは一転、がっしりとした始まりの3楽章。
しかしポルタメントはうねりまくり、なぜか気付くと自然に加速している。
もう自然とメンゲルベルクの魔術に乗せられている。
最後の祈りのテーマで見得を切らないのは意外だけど(というか、そこでためる演奏が個人的に好きなだけ。苦笑)、その脇目もふらない速度は、これはこれでアリだという説得力を持って迫ってくる。
そしてラストのトランペットのマルカート!!

音の悪さ? そんなの忘れてましたよ、て言うくらいお腹一杯。
またフランクの名盤に新しい1枚が加わった。

ドビュッシーは一転、すっきりと流す。
フルートの清冽さと速めのテンポに説得力。
もっとトロトロなのかと思っていたので驚いたし、白昼夢的な曖昧さはないけれど、逆にどちらかと言えばこの曲が苦手なワタクシにとっては理想的な解釈。

「プシュケとエロス」も同様。
速めのテンポだし、当然(苦笑)頻発するポルタメントも、なぜかいやらしく感じない。

「ローマの謝肉祭」。
いたずらな熱狂ではなく、明晰で知性を感じるクリアさ。
管楽器のタンギングの歯切れの良さ。
この時期のACOって、当時のオケの中ではべらぼうに上手かったのではないか、と感じる。
トスカニーニとNBCもそうだけど、やはりカリスマの元におけるピリピリした関係、というのはそれが端的に音に現れるよね。