通勤ミュージック~090425 ― 2009/04/25 18:09:21
*シューマン:交響曲第1番・4番、序曲「メッシーナの花嫁」(エッシェンバッハ/NDR)
本題に入る前に、シューマンの交響曲全集っていいよね、て話を少し。
以前「全集考」で書いたように、枚数が少ない(笑)てのも大きな要素だけど、それと共に「楽章ぶち切り」がまずない、ていうのが嬉しい。
チャイコフスキーなんかだと、うまく管弦楽曲と組み合わせていれば、その問題回避できるのだけど、往々にして「4枚組、5番の3楽章(号泣)で盤チェンジ」なんてパターンが結構ある。
ブラームスですら、3枚に納めようとするとたまにある。
その点シューマンは、交響曲だけでもまず2曲ずつ2枚に収まるので、断絶されちゃうことがない。
……まあ、CD時代ならではの贅沢な不満だろうけど。(苦笑
あと最近感じるのは、シューマンの4曲それぞれのユニークさ、というか立ち位置の違い、みたいな幅広さ。
それが色んな解釈を可能にし、聴くこちら側にも固定的でない刺激をくれる気がしてる。
そんな前提でエッシェンバッハの全集から第1弾。
どうもまだボクの中ではピアニストの印象がまだまだあるけど、もうすっかり指揮者のキャリアも長いよな。(苦笑
シューマンの全集も2回目とか。
ちなみに「ちょっと変わった」指揮者(マーラーなんかで顕著?)と巷間言われてるので、少し構えて聴いたけど、「それほどでもないなぁ」というのが正直な感想。
もっとも同じシューマンでも、実演では相当「やっちゃう(笑)」らしいけど。
全体を通じて、金管群の強奏が印象的。
こちらの思わぬところで突出させたりとか。
とは言えくどさや重さはあまり感じられないのが不思議。
すっきり、くっきり、真水のような演奏。
好みではないけれど、こういうのもありだとは思う。
まずは「春」。
冒頭のファンファーレも、くすんだ靄の中から目覚める感じではなく、もう最初からあっけらかんと鳴り渡る。
リズムの処理も軽快で(特に終楽章)、ここまでやり切っているなら立派。
とは言え、ラテンな感じにまではなっていないのは、さすがにオケの抵抗(?)なのか。
4番は「幻想曲」の形式を完全に無視。
何せ全然単一楽章ぽくないんだもん。
1楽章と2楽章の間にパウゼがあるのは、別にこの演奏だけではないけど、旋律やモチーフも含め、ほとんど有機的統一が感じられない(敢えて排除している?)のは不思議かつ興味深い。
普通に演奏すると曇ってしまうシューマンの絶妙な(?)オーケストレーションを感じさせない明晰さ。
終楽章のTimp.のクレッシェンドや最後の加速も、汗飛び散る興奮ではなく、どこまでも滑らかで見通しが良く、風通しがよい。
ただ、やっぱり「春」とは違ってこちらには、「ファンタジー」とモチーフから派生する「息吹き」がもう少し欲しいかな。
何かいつもシューマン取り上げる際は、同じこと言ってる(ていうかボク、年の割にオールドファッションかぁ?)気もするけど。
自分が好きなせいもあるけど、4番と2番に関してはちょっと狭量なところあるかも。(苦笑
フィルアップの「メッシーナの花嫁」は初めて聴いたけど、こっちの解釈の方がよっぽどいわゆるシューマン「らしい」。(笑
ほの暗さ、くすんだロマン(浪漫?)。
「マンフレッド」に通じる空気がある。
いい曲だわ。
本題に入る前に、シューマンの交響曲全集っていいよね、て話を少し。
以前「全集考」で書いたように、枚数が少ない(笑)てのも大きな要素だけど、それと共に「楽章ぶち切り」がまずない、ていうのが嬉しい。
チャイコフスキーなんかだと、うまく管弦楽曲と組み合わせていれば、その問題回避できるのだけど、往々にして「4枚組、5番の3楽章(号泣)で盤チェンジ」なんてパターンが結構ある。
ブラームスですら、3枚に納めようとするとたまにある。
その点シューマンは、交響曲だけでもまず2曲ずつ2枚に収まるので、断絶されちゃうことがない。
……まあ、CD時代ならではの贅沢な不満だろうけど。(苦笑
あと最近感じるのは、シューマンの4曲それぞれのユニークさ、というか立ち位置の違い、みたいな幅広さ。
それが色んな解釈を可能にし、聴くこちら側にも固定的でない刺激をくれる気がしてる。
そんな前提でエッシェンバッハの全集から第1弾。
どうもまだボクの中ではピアニストの印象がまだまだあるけど、もうすっかり指揮者のキャリアも長いよな。(苦笑
シューマンの全集も2回目とか。
ちなみに「ちょっと変わった」指揮者(マーラーなんかで顕著?)と巷間言われてるので、少し構えて聴いたけど、「それほどでもないなぁ」というのが正直な感想。
もっとも同じシューマンでも、実演では相当「やっちゃう(笑)」らしいけど。
全体を通じて、金管群の強奏が印象的。
こちらの思わぬところで突出させたりとか。
とは言えくどさや重さはあまり感じられないのが不思議。
すっきり、くっきり、真水のような演奏。
好みではないけれど、こういうのもありだとは思う。
まずは「春」。
冒頭のファンファーレも、くすんだ靄の中から目覚める感じではなく、もう最初からあっけらかんと鳴り渡る。
リズムの処理も軽快で(特に終楽章)、ここまでやり切っているなら立派。
とは言え、ラテンな感じにまではなっていないのは、さすがにオケの抵抗(?)なのか。
4番は「幻想曲」の形式を完全に無視。
何せ全然単一楽章ぽくないんだもん。
1楽章と2楽章の間にパウゼがあるのは、別にこの演奏だけではないけど、旋律やモチーフも含め、ほとんど有機的統一が感じられない(敢えて排除している?)のは不思議かつ興味深い。
普通に演奏すると曇ってしまうシューマンの絶妙な(?)オーケストレーションを感じさせない明晰さ。
終楽章のTimp.のクレッシェンドや最後の加速も、汗飛び散る興奮ではなく、どこまでも滑らかで見通しが良く、風通しがよい。
ただ、やっぱり「春」とは違ってこちらには、「ファンタジー」とモチーフから派生する「息吹き」がもう少し欲しいかな。
何かいつもシューマン取り上げる際は、同じこと言ってる(ていうかボク、年の割にオールドファッションかぁ?)気もするけど。
自分が好きなせいもあるけど、4番と2番に関してはちょっと狭量なところあるかも。(苦笑
フィルアップの「メッシーナの花嫁」は初めて聴いたけど、こっちの解釈の方がよっぽどいわゆるシューマン「らしい」。(笑
ほの暗さ、くすんだロマン(浪漫?)。
「マンフレッド」に通じる空気がある。
いい曲だわ。
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