ナイトキャップ~0811232008/11/24 04:40:02

*ワーグナー管弦楽曲集(テンシュテット/BPO)
歌劇「タンホイザー」序曲
歌劇「リエンツィ」序曲
歌劇「ローエングリン」第1幕前奏曲、第3幕前奏曲
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲

ズブロッカをガブ飲みしながら、つらつら考えてると、無性にワーグナーが聴きたくなった。
酩酊とワーグナー、これほど相応しい組み合わせがあろうか?

このスタジオ録音は、やや硬さを感じるけれど、凡百のサラリーマンのような指揮者に比べれば、遙かにワーグナーの魔性を表出している。
魔性のないワーグナーなんて、酒のない人生みたいなもの。

早死にが惜しまれる演奏家はいっぱいいるけど、テンシュテットは色んな意味で、昨今珍しい枠にはまらないタイプだっただけに早世がもったいない……て書きつつ、気付くともう没後10年か。(タメイキ

ローエングリン第3幕前奏曲とマイスタージンガーは若干やりきっていない感があるので物足りないけれど、煮えきえならいような開始のくせに、いきなり途中から燃え上がるタンホイザーとリエンツィ、そしてひたすら聖杯の美しさしか見えないローエングリン第1幕前奏曲。
この3曲は素晴らしい。

この音盤、久し振りに聴いたけど、テンシュテットのワーグナー、歌劇(楽劇)全曲も残っていればと、もったいない気持ちでいっぱい。
久し振りついでに、「指環」の管弦楽曲曲集も聴くか!

ナイトキャップ~0810252008/10/26 02:52:17

子供を寝かし付けて、そのまま自分も寝てしまった。
以前はその事に、すごく時間の無駄みたいな思い(恨み?)があったけれど、最近はそうでもない。
恐らく、そんな時間って実は今のわずかしかない、貴重な時なんだろうから。

*ミュンヒンガー/バロック音楽の楽しみ

明日(日付的には今日)の日曜は仕事なのだが、先述の通り早い時間に寝てしまったため、さっき起き出してきた。
さすがにもう一度寝るけど、その前に少しだけナイトキャップ。

お供は芋焼酎「喜六」とツブ貝。
清冽にキリリと進むパッヘルベルのカノン。
不必要に泣き濡れないアルビノー二のアダージョ。
すっきりとした「喜六」の味と絶妙にコラボする。

多分ミュンヒンガーのスタイルって現在だと一番中途半端なのかもしれないけど(フルオケでもなく、オーセンティックな古楽器でもなく)、ボクにとって、いろんな曲の魅力を教えてくれた恩人であり、折に触れ聴きたくなる。
「音楽の捧げもの」、「フーガの技法」、ブランデンブルグ協奏曲。
バッハへの道はほとんどこの人が導入してくれた。

なんて書いてると、すごくキビキビと進む「主よ、人の望みの喜びよ」と「羊は安らかに草をはみ」に音盤は進んでいく。
前者なんて、もっとトロトロにすることも可能だった時代に、こういった解釈をした先駆者だった意義、それが今では忘れられていないだろうか?
ウィキペディア見ると、晩年は不遇だったらしいし……。

酒が2杯目に進むのを寿ぐような、ヘンデルの「シバの女王の到着」の愉悦感。
オーボエの重奏と弦の16分音符との応答、爽快。
そして同じヘンデルのオルガン協奏曲。
純粋なまでの「楽しさ」がそこにある。

……どうでもいいんだけど、この「ナイトキャップ」は何度も聴いてる(そして酒を飲みながら聴きたい)愛聴盤を取り上げ、「通勤ミュージック」は未聴盤消化が主目的、というカテゴリー分けに自分の中ではなっている。
もちろん逆のことも出てくるかもしれないけど、その時はその旨触れようと思う。

更には、「ナイトキャップ」の日付は、「夜中は前日の2X時」という思いのあるみっふぃーまにあとして、書いた日の前の日になっているのです。
……ほんとどーでもいいんだけど。(苦笑

あ、今日ジャケ写がないのは、アマゾンで見たら現役盤の絵が違うのと、カップリングが違うから(コレルリとか追加されてた)。
ボクの持ってるのは古いキングレコード盤なので。
スキャンや撮影までは面倒なのでしません。(苦笑

ナイトキャップ~0810192008/10/20 01:30:21

ナイトキャップ【nightcap】
1:寝るときに、髪の乱れを防ぐためにかぶる帽子。
2:寝る前に飲む酒。
[大辞泉]

要は「就寝前の1曲」という企画。
「全く音楽を聴けない日」なんてものを避けるため、10分……いや5分でもいいから触れたいというもの。

仕事休みの日なんか、家族サービスや雑用に忙殺され、片道30分は担保されている「通勤ミュージック」ほども聴けないときだってあるし。

まああと、まさに字義通り自分の好きなお酒を飲みながらってのもあるんだけど。(爆

ルーティンな企画ものは「通勤ミュージック」「狩猟日記」「ナイトキャップ」の3つのつもり。
いずれ「今日のチャイ5」みたいなのが出るのは必至ですが。

*シューベルト:即興曲op.90 第4番と2番(リリー・クラウス)

ラフロイグのカスクストレングスを飲みながら。

 涙をいっぱいにたたえながら、それでも微笑みを絶やさぬ哀しさ。
 軽やかに舞っていても、その背後を常に脅かす絶望の顎(あぎと)。
 たゆたいの輝きは、刹那の幸せなのか。
 否、幸せはもともと刹那と同義なんだろうか。

……なんて事を考えさせる演奏。
全8曲、単に「美しい」という言葉だけでは片づけられない、余りに重い「何か」が滲み出てくる名盤。
中でも特に2番が凄い。
雪崩落ちるような終結の、息苦しいまで切迫感。

即興曲自体の美しさや叙情を味わうなら、ルプーの音盤が十分それに応えてくれるけれど、クラウスの演奏は、曲が要求する水準を超えてしまった表現にすらなっている、そんな風に思う。