ヴェルディ(サッカーにあらず)。2010/09/26 04:40:25

なんか先日、無性にヴェルディが聴きたかったので、行き掛けにカラヤン&BPOの序曲・前奏曲集をひっつかんで家を出た。
悔しいけど(笑)やっぱ70年代のカラヤンは余裕ぶっこき具合がすげえな。
もう「運命の力」序曲なんて鳥肌モノ。
これが鼻について反発感じた頃もあったけど、やっぱ一つの頂点。
個人的にはギラギラの60年代とやや綻びた中にハッとする瞬間が見える80年代の方が好きなんだけどね。

その翌日もアバドとスカラ座管&合唱団による、オペラの合唱シーンのセレクションアルバムを聴いた。
アンヴィル・コーラスの生々しい力感、凱旋行進曲のキラキラ感。
イタリアの地、イタリアの知、イタリアの血。

やはりヴェルディはイタリアそのものなんだと感じさせられる音盤。
“Vittorio Emanule Re Di Italia!”(ヴィットリオ・エマヌエーレ、我らがイタリア王!)

どうでもいいけど、ヴェルディといえばレクイエム。
恥ずかしながらレニー盤しか持ってない。
ベタだけどカラヤンかショルティ、ムーティかアバド辺りから1・2枚は持っとくべきかなぁ。

予習~チャイコのピアコン。2010/09/07 20:28:21

実は今度、初めてアリスたんのコンサート(19日)に行く。
日フィルのオールチャイコプログラム。

それに備え、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番をひたすら聴きまくる毎日。
当の本人の音盤も早く買わないといけないのだけど。(汗。

*アルゲリッチ、コンドラシン/BRSO
何度も聴いてきた音盤だけど、やっぱここ一番のアドレナリン出したい時は効く。
分かっていてもラストで大興奮。

*アルゲリッチ、アバド/BPO
3楽章のテンションはコンドラシン盤より高い??
最後のカデンツァのまくりはコンドラシン盤がすごいけど、アバド盤は最初から最後までハイテンション。
やっぱしばらく聴いてへんと色々忘れるもんやね。

*リヒテル、カラヤン/VSO
ガチンコの魅力。
これとロストロとのドヴォルザークは、ソリストとがっぷり組み合うカラヤンのマジっぷりがたまりませぬ。
特に3楽章。リヒテルの落ち着きっぷりに対し、挑発するカラヤン。
第1主題の激昂、艶々の第2主題。
最後のがっぷり四つ、カッコ良すぎる。
うわー男くせぇー!(笑)

マイナー曲で、何を魅せるのか。2010/05/30 02:34:33

*ベートーヴェン:ピアノ・ヴァイオリン・チェロのための三重協奏曲、合唱幻想曲(ケーゲル/ドレスデン・フィル、レーゼル(P)、フンケ(Vn) 、ティム(Vc)、ライプツィヒ放送合唱団ほか)

トリプルコンチェルトと言えばやっぱりカラヤン盤なのだけど、それほど頻繁に聴くわけじゃない。
そしてこのケーゲルの音盤を聴いてまず思ったのは、「カラヤンの演奏ってどうだったっけ?」てこと。

ホントに「良い」演奏とはそういうものなのかもしれない。
他への広がり、関心や興味を喚起する。

曲へのストレートな共感を感じる。
気持ちよいほどまっすぐな表出。
この曲が持っている、サロン的な「軽さ」を楽しむ。

1楽章の掛け合いの妙。
2楽章のピュアな空気。
3楽章の愉悦。

これもケーゲル、あれもケーゲル。
奥が深い。

合唱幻想曲も同じ。
朗らかで笑顔なケーゲルがいる。

あまり「異形」の面ばかり強調してはいけないのだろうな。

悲しんでいる人々は幸いである。2010/05/26 02:32:18

*ブラームス:ドイツ・レクイエム(ケーゲル/ライプチヒ放送交響楽団、ハーゲンダー、ローレンツ、ライプツィヒ放送合唱団)

恥ずかしながらこの曲唯一の所有音盤。
楽曲自体はFMやテレビで何度か耳にしているのだけど。
だから、あまり多くを語れるほどの知識も経験もない。

その上での印象。
「謹厳実直」なブラームスとは違う、儚く繊細なブラームス。
聖書の「 悲しんでいる人たちは幸いである。彼らは慰められるからである」という言葉が深々と心に響く。
先の管弦楽曲集でも感じたけど、ケーゲルの良さって、弱音の美しさにあるのでは?
この曲でも顕著。

やっぱり、他の音盤も聴いてみないとな。
そうするとまた違ったものが見えて来るだろうから。

デ・プロフンディス(=深き淵より)。2010/05/20 18:10:08

*ケーゲル/管弦楽小品集(ケーゲル/ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団)
・アルビノーニ(ジャゾット編):アダージョ
・グルック:歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」より“精霊の踊り”
・グリーグ:2つの悲しき旋律
・ヴォルフ=フェラーリ:歌劇「4人の田舎者」より間奏曲
・シベリウス:悲しきワルツ
・グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
・ムソルグスキー(R.コルサコフ編):歌劇「ホヴァンシチナ」第4幕間奏曲
・フランツ・シュミット:歌劇「ノートル・ダム」間奏曲
・レオンカヴァレロ:歌劇「道化師」間奏曲
・ファリャ:バレエ「恋は魔術師」より“火祭りの踊り”
・エルガー:威風堂々第1番
・ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ

昔から評判の高いケーゲルの小品集。やっと聴いた。

やはりアルビノーニのアダージョが圧倒的。
評判以上にコワイ演奏。身も世もないとは、まさにこのことか。
「悲しい」とか「憤り」とか言った概念すらここにはない。
絶望でさえ希望の対概念でしかないとすれば、ここにあるのは本当の無色透明の虚無。
主旋律の弦よりも、チェンバロとオルガンに耳を奪われる。
まるで鉛の棒を呑まされるように響く低弦。

気持ちゆっくりのテンポ、常に足元を「見えない何か」にわし掴みされているように不安げなフレーズ。

雨降りの出勤中に聴いて心危なくなるのだから、落ち込んで酒飲んでる時なんかに聴いたら、絶対あかん。
それくらい恐ろしい。

威風堂々のテンポ設定が異様過ぎる……しかしそれを必然であるかのように聴かせてしまう恐るべきケーゲル。(汗
繰り返される急加速と急減速。
普通なら、行進曲としてあるまじき姿。
でも受け狙いや効果を期待しているのではなく、何かに取り付かれたような鬼気迫る空気が支配する。
素っ気ないくらいサクサクと進む中間部。

サーカス・ポルカにおける「軍隊行進曲」の引用のグロテクスさ。
シニカルとはこういう事か。

他の曲も逸品。
特に2~5曲目で見せる透き通った美しさは、他では代えがたい。