アシュケナージ~中庸の人。2008/11/05 17:14:16

引き続きアシュケナージのマンフレッド交響曲。
あくまで想像だけど、彼は「とにかくこの曲を知らしめたい」という気持ちで演奏している気がする(N響とのラストコンサートでも演奏してるし)。
それゆえの「自己表現を控えた」解釈だとすれば、それはそれで納得がいく。

ボクが好きなのは、やはり「曲で自分を表現する」演奏家。
でも「ただ、その曲をあるがままに伝える」(=自分を消す?)解釈に一目置くことだってある。
今回のマンフレッド交響曲がまさにそれ。

というか、それってアシュケナージの大半の演奏に当てはまる。
シベリウスならまだしも、ラフマニノフの交響曲でも、強引なアゴーギクやギラギラしたデュナーミクはほとんどない。
音盤は持ってないけど、R.シュトラウスでさえ(!)そうだった記憶がある。
ラフマニノフの2番なんか、もっとこってり&ねっとりの演奏が好みだけど、真水のような美しさを見せるアシュケナージ盤も実はそんなに嫌いじゃない(むしろ、もっと激すると思っていたゲルギエフが肩すかしだったことの方が物足りなくて不満大きい)。

ピアニストとしての彼もほぼ同様だけど、こちらはその中庸っぷりが行き過ぎて、嫌になることが多い。
例えばベートーヴェンのソナタ、「何がしたいのか」がちっとも伝わって来ない。
チャイコフスキーのピアノトリオに至っては、それどころか雑にさえ感じられる出来映え。
悲しくなった。

ところが、これまで書いたことを全部ひっくり返す、突然変異的な音盤がある。
ショパンのピアノソナタ2番(若いときの方)。
青白い炎が立つような凄演で、アルゲリッチでさえも及ばない。
この時のアシュケナージの精神状態、何かあったんだろうか?
今のところこの曲では、一番お気に入りの音盤。

追記。
彼はブルックナーのことを
「作曲法もアマチュア的だし、転調も子供っぽい。同じことだけを長くながく繰り返し、想像力を使わずに、だらだらと書き続けます。聴いていてハッと立ち止まって感激するようなことが一切ないのです」
てインタビューで言っていたが、それはさすがにまずいと思うぞ。